大判例

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鳥取地方裁判所 昭和47年(わ)157号 判決

主文

被告人松浦を懲役六年に、同福田を懲役五年に各処する。

未決勾留日数中、被告人松浦に対しては九九〇日、同福田に対しては一、四四〇日を、それぞれその刑に算入する。押収してある登山ナイフ一丁、三号桐ダイナマイト三本、黒色猟用火薬約四三六グラムおよび第二種緩燃導火線二本を被告人両名から、押収してある鉄パイプ爆弾一個を被告人福田から、各没収する。

押収してある一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚、金種別表二枚および帯封一枚を被害者株式会社松江相互銀行米子支店支店長に還付する。

訴訟費用中、鑑定人渡辺元に支給した分は被告人松浦の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人両名は、

(一)  酒井隆樹、近藤有司と共謀のうえ、現金を強取しようと企て、昭和四六年七月二三日午後一時三〇分ころ、米子市角盤町三丁目七番地所在株式会社松江相互銀行米子支店前に自動車(島根五む八九―三九、ニッサンスカイライン)で乗りつけ、被告人松浦が右車内で待機し、被告人福田および近藤、酒井の三名が同支店内において、近藤がいわゆる客溜りから所携の猟銃を構えて勤務中の右銀行員佐々木美重子(当時一九歳)、井田久美子(当時二〇歳)、松本宏一(当時二五歳)、小林仁美(当時一八歳)および宇田川亀司(当時五七歳)らにこれを擬したうえ「動くな、静かにしろ、動くと撃つぞ」などと怒号し、被告人福田および酒井の両名においてナイフを携行してカウンター内に乱入し、更に被告人福田は所携のナイフを右佐々木に突きつけ「静かにしろ、殺すぞと申し向けて同女らを脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、出納係備付けの現金ボックスから同支店支店長佐々木哲二管理にかかる現金六〇五万一、六〇〇円を強取した、

(二)  共謀の上、昭和四六年七月二〇日ころ、被告人松浦が借り受けていた福山市新涯町字角内六、〇八〇番地の一所在の家屋において、

(二)の1 治安を妨げ、かつ、人の身体・財産を害する目的をもって、爆発物である三号桐ダイナマイト三本および黒色猟用火薬約四三六グラムならびに、その使用に供すべき器具である第二種緩燃導火線二本(長さ約九六・五センチメートルおよび約三九八センチメートル)を所持した、

(二)の2 法定の除外事由がないのに、猟銃一丁(SKB工業株式会社製一二番径自動五連モデルA三〇〇、S七三一四〇三七)を所持した、

(二)の3 法定の除外事由がないのに、火薬である猟用装弾二八発を所持した、

第二  被告人福田は、

(一)  法定の除外事由がなく、かつ、業務その他正当な理由がないのに、昭和四六年七月二三日午後四時ころから同七時二〇分ころまでの間、鳥取県日野郡日南町生山八一三番地青木自転車商会前付近から岡山県新見市新見三八九の一番地新見警察署に至る間において猟銃一丁(SKB・AUTO・S七一〇五二一〇)および刃体の長さ一二・五センチメートルの登山ナイフ一丁を携帯して所持した、

(二)  治安を妨げ、かつ、人の身体・財産を害する目的をもって、第二の(一)の日時場所において、手りゅう弾様鉄パイプ爆弾(内径四・三センチメートル、長さ約七・四センチメートルの鉄パイプの中に、ダイナマイトを充填し、その上下に径八ミリメートル及び五ミリメートルの鋼球を詰み込み、上下両面を薄い鉄板により蓋をし、導火線を接続した工業用雷管を装着したもの)一個を所持した、

第三  被告人松浦は、近藤有司、大西一夫と共謀のうえ、現金を強取しようと企て、昭和四六年二月二二日午後四時過ぎころ、千葉県市原市辰己台西一丁目五番地市原辰己台郵便局前に自動車(足立五に六七・三〇、コロナ)で乗りつけ、被告人松浦が右車内に待機し、右郵便局内において、大西一夫が同局々員西川佳子(当時三一歳)、同西川和夫(当時三五歳)、同小川忠己(当時二九歳)、同松本啓子(当時二三歳)に対し所携のくり小刀を示し、「金を出せ、動くな」「金はどこだ、金庫を開けろ」などと申し向け、近藤が、預金のため同局に居合わせた番場和成(当時一六歳)に対し、所携のくり小刀を首筋に突きつけ、「さわぐな」と申し向けて、同人らを脅迫し、その反抗を抑圧して、同局窓口のカウンター上に備付けてあった金庫等から同局局長市川恒三管理にかかる現金七一万八、六七八円を強取した

ものである。

(証拠の標目)≪省略≫

第一弁護人の主張

(一)  松江相互銀行米子支店強盗被告事件(以下、単に米子の強盗事件ということもある。)について差押えられた証拠物件はいずれも違法に収集された証拠であるから証拠能力を欠く。すなわち、

(1) 警察官四名が、総社市門田のマツダオート総社営業所前において、近藤および酒井の乗車している自動車を取り囲んだ時点で身柄拘束があったものというべきであり、仮りにそうでないとしても、右両名は警察官らによって右自動車から右営業所まで強制的に連行されたものであるから、少なくとも右時点以後警察官職務執行法(以下、単に警職法という。)二条二項に定められた任意同行(以下、単に任意同行という。)の範囲を逸脱した違法な身柄の拘束があったといわなければならない。また、警察官らは、右違法な拘束状態を利用して、近藤の承諾なしに、アタシュケース一個、ボーリングバッグ一個を開披したうえ、右アタシュケース、ボーリングバッグおよび帯封一枚を押収したものであるから、いずれも証拠能力を欠く。

(2) 新市交差点において、警察官らが被告人福田に対し、新見署に同行を求めた以後は、任意同行の範囲・方法を逸脱した違法なもので、実質的逮捕行為であり、猟銃銃身一本、同機関部一個、同鉄床一個、同先台、猟銃用散弾三発、射撃用散弾一発、猟銃用散弾一発、登山ナイフは、右違法な身柄拘束状態を利用したうえ、被告人福田の承諾なしに行なわれたもので、仮りに承諾があったとしても、同条項の質問に付随する所持品検査の範囲をはなはだしく逸脱してなされた違法な所持品検査の結果押収されたものである。また、アップシューズ一足、一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚、金種別表二枚、サングラス三個、ショッピングバッグ(大)一個、海浜帽一個、アノラック二着、ショッピングバッグ(小)一個、ハンカチ一枚、ビニール製黒色旅行カバン一個は、右違法な所持品検査の結果発見されたもので、それに基づき前記強盗事件で逮捕されあるいは勾留されるに至ったものであるから、違法な身柄拘束の間に押収されたものである。したがって、いずれも違法に収集された証拠物件であるから、証拠能力を欠くものである。

(3) 列車内における警察官中村の被告人松浦に対する所持品検査は同被告人の自由な意思に基づくものではない。仮りに右所持品検査が同被告人の承諾によるもので違法でないとしても、警察官生田は右中村の所持品検査の終了した後に職務質問を開始して同被告人の承諾なしに所持品検査をなしたものであって違法である、仮りに右生田の所持品検査が同被告人の承諾に基くものであるとしても、捜索というべきものであるから、令状なしに行われたものであり違法である。また、同被告人は、上石見駅において警職法二条二項の要件が存在しないにもかかわらず下車させられたものであるから、右時点以降は、同被告人は違法な身体拘束の状況下に置かれたものといわなければならない。したがって登山ナイフ一丁および屋内灯キャップ一個は違法な所持品検査によって発見され、かつ違法な身柄拘束状態を利用して押収されたものであり、国鉄乗車券一枚は違法な身柄拘束中に押収されたものであるから、いずれも証拠能力を欠く。

(二)  検査官請求の証人小山貞彦および同小原恒敏に対する第一五回公判期日における証人尋問において、検察官の主尋問がなされただけで弁護人による反対尋問がなされないまま、小山貞彦作成の差押調書および捜索差押調書ならびに小原恒敏作成の捜索差押調書が採用されている。したがって右証拠書類は弁護人の反対尋問によるテストを受けていないから、証拠能力を欠く。

(三)  爆発物取締罰則(以下「罰則」という。)は違憲・無効である。

(1) まず、「罰則」は旧憲法制定前、いまだ帝国議会が設けられていない明治初期に行政官たる太政官が勅旨を奉じて一方的に発布したものであって、法律制定の手続を経ていないから憲法三一条、七三条六号但書に違反して形式的に無効である。

(2) 「罰則」は内容的にも無効である。すなわち、「罰則」は、その内容が、全体として憲法を頂点とする現行法秩序と相容れず治安維持を至上目的とし、憲法の保障する自由と人権を不当に制限するものである。これをさらに具体的にいうならば、(イ)「罰則」の各条項に共通する基本的構成要件である「治安を妨げ」又は「人の身体、財産を害せんとする目的」等はその概念がきわめて不明確である。

爆発物の危険性を想定したものとしては、刑法一一七条があるにもかかわらず、右のような曖昧な目的を科することによって、処罰の範囲を拡大し、重い法定刑を科することは、罪刑法定・罪刑均衡に反し許されない。(ロ)「罰則」には、到底憲法の精神と相容れない内容の定めがある。六条は、疑わしきは被告人の利益に従うという刑事訴訟法の基本原則に反し、挙証責任を被告人に負わせるというきわめて特異な規定がなされている。八条は犯罪を認知したものに告知義務を負わせている。国民に対し刑罰を背景にこのような密告義務を科することは現行憲法下の法意識に反する。九条は犯人蔵匿、証拠隠滅についても、刑法とその量刑においても余りにも大きな差異があり、合理的根拠を見出しがたい。

このように、「罰則」は、その内容において、個々の条項のみならず全体として憲法一一条、一二条、一三条、三一条に違反して無効である。

(四)  被告人両名は、社会を変革し真の民主主義を樹立するために、社会に警鐘を打ちならし、奮起を促そうとして立ち上がったものであるが、立法その他によって他の合法的な手段が奪われ、あるいはそうでないにしても著しく制限されていたため、止むを得ず本件各犯行に及んだものであって、本件各犯行はその暴力性が形式的合法性の枠をはみ出しているものの、正当なものと評価すべきであるから、被告人両名は無罪である。

第二当裁判所の判断

(一)  弁護人の主張(一)について

(1) まず、弁護人が近藤および酒井の両名から違法に押収されたと主張するアタッシュケース一個、ボーリングバッグ一個および帯封一枚の証拠能力について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実を認めることができる。

岡山県総社署勤務の大石益雄巡査部長および同赤沢勇巡査長は、昭和四六年七月二三日、同日午後二時前ころ米子市の松江相互銀行米子支店に四人組の猟銃を持った男が押し入り現金六〇〇万円余を強奪して逃走中であり、犯人の人相手配については、Aが二三、四才で身長一・七メートル位あり、猟銃を所持し、白いほう帯をしている。Bが二一、二才で身長一・六メートル位でサングラスをかけている。Cが二一、二才で緑色シャツ、黒ズボン着用、Dが二四、五才位でその他不明である旨を同署よりの連絡で知り(赤沢巡査長は同日午後二時一〇分ころ、大石巡査部長は同日午後一〇時三〇分ころ)、さらに午後一〇時三〇分すぎころ、一般人の通報により伯備線日羽駅付近に挙動不審な二人の男が徘徊している旨の情報が同署に入ったので野瀬勝美巡査ほか一名と共に、同日午後一〇時三〇分すぎころから総社市門田マツダオート総社営業所前の国道一八〇号線、県道総社線・倉敷線の交差する三差路で緊急配備につき自動車検問を開始した。翌二四日午前零時ころ、高梁方面から来た備北タクシーの運転手から、伯備線備中広瀬駅付近で、二人連れの若い学生風の男に乗車を求められたが拒否した、しかし二人は後続車の白い乗用車に同乗させてもらったようだ、という情報を入手した。その後約一〇分後白い乗用車が来たので、西田巡査が停車させたところ、後部座席に二人の男(近藤と酒井)が乗っており、そばにアタッシュケースとボーリングバッグがおいてあった。つづいて大石巡査部長はまず運転手(黒川康徳)に対し「米子で強盗事件が発生したので、検問中であるから協力してほしい。」と告げたうえ、免許証により住所・氏名等を確認した後、近藤および酒井との関係を尋ねたところ、黒川は途中で乗せた旨答えたので、右両名が通報にかかる挙動不審の二人連れではないかと感じ、次いで近藤、酒井の両名に対し、住所・氏名・職業等について二、三回質問したが、両名は倉敷へ行くということ以外は黙否して答えなかった。大石巡査部長は右両名の質問に返答しない態度、所持品等から、右両名が米子の強盗事件の犯人ではないかとの疑念を抱き、その疑念を晴らすため、引き続き職務質問を行う必要があると考えたが、同所における職務質問は同所が交通の要所であって交通の妨害になり危険でもあるので、同所から約一五メートル離れたマツダオート営業所を借り受ける手配を能瀬巡査に指示したうえ、同巡査が同営業所宿直員の了解を得たことを確認した後、右両名に対し、「米子に強盗事件があったので協力してほしい。通行量もあり、雨も降っているから事務所に入ってもらいたい。」といって右営業所への同行を求めた。右両名は右営業所への同行を拒否していたが、警察官らの再三にわたる下車の求めに応じて、まず酒井がボーリングバッグとアタッシュケースを両手に持ち二人の警察官に肘をあてがわれるようにして右営業所に入り、やや遅れて近藤が二、三人の警察官に背中一面を押されるようにして右営業所に入った。右営業所において、大石巡査部長が酒井を、赤沢巡査長が近藤を、それぞれ住所・氏名・所持品等について職務質問を行ったが、両名とも黙否して返答しなかった。このころには右両名が米子の強盗事件の犯人ではないかとの強い疑念を抱くに至っていた大石巡査部長は酒井に対し同人のそばの机の上に置いてあったボーリングバッグとアタッシュケースの開示を求めたところ、酒井は自分の一存では開けられない等といってこれを拒否した。そこで大石巡査部長はそれらを近藤のところに持って行き、同人に対しそれらの開示を求めたが、近藤もこれを拒否した。右営業所において警察官らの右両名に対する右のような職務質問が三、四〇分間位くり返えされたころ、右営業所の宿直員が「遅くなったので引き上げてほしい。」旨申し出たので、大石巡査部長は右営業所に迷惑をかけてはいけないと判断したが、右両名には強い疑惑をもっていたところから、なお引き続き質問する必要があると考え右両名に対し、「質問に対し何ら返答しないので、もう少し聞きたいから総社署まで同行してほしい。」といって、同署への同行を求めた。近藤および酒井の両名は右同行の求めを拒否していたが、警察官らに背中を押されて促されると立上ったので、二、三人の警察官がそれぞれに近藤および酒井につき添って、右営業所前に待機していた二台のパトカーに右両名を別々に乗車させて、右営業所から約一キロメートル離れた(車で五分位のところの)総社署に向った。同署に到着すると、近藤および酒井の両名は下車を拒否していたが、警察官らに押されるようにして署内に入った。そして、ボーリングバッグおよびアタッシュケースの双方は近藤がこれを両手に下げて署内に入った。総社署においても、引き続いて、大石巡査部長らは一階(後に二階に移動)の取調室において酒井を、赤沢巡査長らは階下の取調室において近藤を、それぞれ住所・氏名等について職務質問を行ったが、依然として黙否を続け、また赤沢巡査長らは、近藤に対し、再三ボーリングバッグとアタッシュケースを開示するよう求めたが、近藤はこれを拒み続けた。同日午前一時三〇分すぎころ、赤沢巡査長は近藤に対し、ボーリングバッグに触れながら「開けてもよいか」と念を押してボーリングバッグのチャックを開けると、大量の札束が無造作に投げ入れられていた。引き続いてアタッシュケースを開けようとしたが左右についている鍵がかけられて開かなかったので、近藤に対し鍵の有無を聞いたところ、同人から「ない」といわれるや、ドライバーを持ち出し一方の鍵の部分に差し込んでこじあけると、その中に整然と並べられた大量の紙弊があり、その中の一部に松江相互銀行米子支店の帯封のしてある札束があるのを発見した。そこで赤沢巡査長は同日午前一時四〇分ころ、近藤を強盗被疑事件で緊急逮捕する旨告げて逮捕した。酒井を質問していた警察官らは、近藤の所持していたボーリングバッグとアタッシュケースから松江相互銀行米子支店の帯封のある札束など大量の紙弊が発見されたことを知らされたので、大石巡査部長は酒井を同じ強盗被疑事件で緊急逮捕した。赤沢巡査長は近藤を逮捕後、同人の身体捜検を行ったところ、現金六万四、二〇五円在中の財布を発見したので、その場で、アタッシュケース一個、ボーリングバッグ一個、それらに入っていた現金五八三万一、〇〇〇円(したがって、財布在中の現金と合わせると合計五八九万五、二〇五円)および帯封一枚を各差押えた。

ところで、警職法二条二項は、警察官に対し、警察法二条一項による犯罪の予防、鎮圧という警察の責務を遂行するための手段として異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当の理由のある者等に対し停止させて質問する権限を認めているところであるが、同条項に該当する被質問者(以下、被質問者という。)が警察官の質問に応じないで逃走したり等する場合には、「停止させて」質問し(同条一項)、あるいは、交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため附近の警察署等に「同行することを求める」ことができる(同条二項)と規定していることなどからみると、もともとある程度の実力行使は許容されているものと解されるから、たとえば、逃走しようとする被質問者を追跡したり、肩に手をかける程度の行為をすることは許されるというべきであろう。もとより「身柄を拘束」したり、「その意に反して警察署等に連行」したり、あるいは「答弁を強要」したりなど(同条三項)強制力にわたるようなことがあってはならないことはいうまでもない。また、右のような実力が常に認められると解すべきではなく、また、強制にわたらない限り最大限どの程度認められるかは、一般的・抽象的に決せられるものではなく、具体的状況によって異なったものとなるといわなければならない。すなわち、被質問者の犯罪の容疑は、何らかの犯罪という不特定なものについて生じることから特定の犯罪について生じることもあり、あるいは、軽微な犯罪についてのものから重大な犯罪についてのものであったり、あるいは、希薄なものから現行犯逮捕ないしは緊急逮捕をすることができないまでもそれに近い程度の濃厚なものであったり、千差万別の現われ方をするものであるから、右権限(実力)の範囲・程度もそれに応じて(比例して)変わるものでなければならない。しかしながら、右権限の行使は、憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等の権限を濫用することがあってはならないことはいうまでもなく、右目的を達成するための必要最小限度のものでなければならないのであって、結局、問題となっている容疑事実の重大性と危険性、容疑の濃厚さの程度、実力行使の態様と程度、これによって侵害される法益と保護されるべき利益との権衡等からみて、警察法、警職法を含む法秩序全体の精神に反しない、社会的にも妥当性の肯定される行為として許容されるものかどうかによって決せらるべきものといえる。

さらに、被質問者の所持品について、職務質問が認められるか、認められるとしてどの程度まで認められるかについて検討するならば、警職法が職務質問の質問事項を何ら限定していないところから、所持品を外部から観察したり、所持品の内容物について質問したりすることは、当然認められると解すべきである。しかし、その程度を越える場合でも職務質問を実効的にする必要から、なお認められる場合があると解すべきであるが、最大限どの程度まで認められるかは刑事訴訟法に定める捜索の範囲にわたることがないようにし、かつ右に述べた原理にもとづき相関的に考慮して決せられなければならない。

そこで右に判示したところを本件の具体的状況に照らして検討する。大石益雄巡査部長をはじめとする警察官らが、前記の如く昭和四六年七月二三日午後二時前ころ猟銃を使った四人組の若い男による銀行強盗事件が米子で発生し、現金六〇〇万円余を奪って逃走中であり、その犯人の特徴は判示したとおりであることを知り、さらに同日午後一〇時三〇分すぎころ、伯備線日羽駅付近に挙動不審の二人の男が徘徊している旨の情報をもたらされたので、前記三差路で緊急配備につき自動車検問を開始したものであるが、警察官が兇器を用いた重大な事件が発生し、犯人が逃走中である旨の情報に接した場合、犯人の検挙、第二の事件発生の防止等のため、緊急配備につき検問を実施することは、警察法二条に定められた職責・義務の遂行として認められることであって、むしろそうすべきであるというべきであるが、また、事件発生場所の米子市あるいは日羽駅から陸路で広島・岡山等の山陽方面に出るためには必ず右三差路を通過しなければならないのであるから、同所で検問を開始したことはまことに相当といわなければならない。また、警察官らが近藤および酒井の乗車していた自動車を停車させたうえ、右両名に対し職務質問を開始したことは、警察官らが先に検問したタクシー運転手から自分が伯備線備中広瀬駅付近で乗車を拒否した二人連れの若い学生風の男が後続の白い乗用車に乗せてもらったようだとの情報を入手しており、その情報と既に入手している情報と併せて考えるならば、警職法二条に何ら反するものでなく相当な行為といえる。そして、その後警察官らが右両名に対し住所・氏名等につき職務質問をしたが、右両名が行先以外答えなかったので、さらに質問するため、同所から約一五メートル離れたマツダオート営業所に任意同行を求めたこと、およびその際の任意同行の態様についても許されるものというべきである。すなわち、近藤および酒井の両名が警察官らの再三の質問についてほとんど黙否して返答しないので、警察官らがその返答態度、右両名がアタッシュケースおよびボーリングバッグを所持していること、右両名が日羽駅の隣りの駅である広瀬駅付近で見知らぬ黒川に同車させてもらい、その方面からやってきたことなどから、警察官らが右両名が米子の強盗事件の犯人ではないかとの疑念を抱き、その疑念を晴らすためさらに職務質問を継続する必要があると考え、そのころ雨もかなり降っていたし同所は交通の要所であるから同所での質問を継続することは交通の妨害になるので、同所から約一五メートル離れたマツダオート営業所に同行を求めたというのであるから、警察官の職責上相当な行為であるというべきである。そして警察官らが、右両名に同行を拒否されたのに対し再三説得して同行を求め、その求めに応じて下車した右両名を、あるいは肘をあてがったり、あるいは背中を押すようにし、さらに右両名を囲むようにして右営業所まで同行したことは未だ強制にわたる程度のものではないというべきであるから、職務質問の範囲を逸脱したものとはいえない。もとより警察官の質問に対し、被質問者が返答する義務はないことはいうまでもないのであるが警察官が被質問者の返答しない態度等から疑念を抱く場合があることは当然であり、両者は別個に考察すべき事柄である、というべきである。

さらに、右営業所において、警察官らが、近藤および酒井の両名に対し、同所から総社署まで同行を求めた行為およびその態様についても警職法二条に違反するものではないというべきである。すなわち、同営業所において、警察官らは、近藤および酒井の両名に対し三、四〇分間にわたり、住所・氏名等につき職務質問を継続したり、前記所持品の開示を求めたりしたが一切黙否して返答しないので右両名が米子強盗事件の犯人ではないかとの疑念を晴らすことができず、むしろ一層その疑念が強まり、なお質問を継続する必要があったが、右営業所の宿直員から遅くなったので退去してほしいとの申し出があったため同営業所にそれ以上迷惑をかけるわけにはいかず、他方前叙の如く屋外では質問できない状況にあったというのであるから、右営業所から約一キロメートル先(車で五分位)の総社署まで同行を求めたことは相当といえる。そして、近藤および酒井の両名が右営業所を出る際の状況について、証人黒川は、近藤が「痛い。痛い。」といっていた旨供述し、証人酒井は、近藤および自分が総社署への同行を拒否したところ、警察官らに両腕を持ち上げられて抵抗するのにかまわず、無理やり連れ出されたうえ、車に押し込まれた旨供述する。警察官らはいずれも右事実を全く否定している。しかし、近藤および酒井の両名が基本的には同行を拒否していたのであるから、何らの実力も加えられなかったとは認めがたいし、証人黒川の証言に照らしても警察官らが、右両名に対し、自動車から右営業所へ同行を求めた際に加えられたと同様に同行を促がすために肩を押したり、肘に手をあてがったりする程度の実力を加えたことは認めざるを得ない。しかして、証人黒川は、単に、近藤が「痛い。痛い。」といっていた旨供述するだけでその態様については何ら供述しておらず、酒井が同行を求められた状況についての供述は全くなしていないところ、同証人の供述の内容についてみるならば、どちら側に対しても片寄った供述をしていないし、全体としても誇張したり、ことさら隠している様子もみられないからその供述は信用に価するものと解する。そして、同証人の近藤が「痛い。痛い。」と言っていた旨の供述は、近藤の誇張していった表現をそのまま供述したものと推認されるのである。他方、証人酒井の供述は、米子の強盗事件についての供述を求められた際、自己に不利なことがらについては全く供述を拒み、同行についての供述となると詳細に述べ、しかもその点についての供述には前後矛盾するところがみられるのであって、同証人の供述はにわかに措信しがたい。したがって、信用に価する証人黒川の供述からして、前記指摘程度以上の実力行使があったとは認めがたい。そして、総社署に到着した後、近藤および酒井の両名に対し、下車を求める際および署内に同行を求める際においても、前示の程度の実力が加えられたであろうことは、前後の経緯に照らして容易に推察される。もっとも、警察官らはこの点についても否認し、証人酒井は、近藤について、同人が強制的に連行されていたようである旨供述しているが、警察官らの供述を全面的に採用しがたいことは前記のとおりであり、また証人酒井の供述は同人が近藤の同行の状況を目撃しているわけでもなく、また近藤が誇張した態度をとったため、そのように感じたうえでの供述とみられる余地も多分にあるのであって、近藤に対して強制力が行使されたとみることは疑問といわざるを得ない。

したがって、右営業所を出る際には、近藤および酒井の両名は米子で発生した強盗事件という重大な事件の犯人ではないかとの容疑が持たれ、その容疑も緊急逮捕することができる場合に近い程度の濃厚なものであり、そして猟銃などの兇器を所持している蓋然性があったのであるから、同行を拒む両名でありかつ右兇器による第二の事件発生を未然に防止すべき立場にある警察官が二、三人共同して近藤および酒井を別々にして、判示の如くそれぞれ肩を押して同行を求めたり、あるいは肘に手をあてがって同行を求めたりすることは、本件の場合の任意同行の態様として許容されるものというべく、したがって右両名の身体の自由を強制力を用いて侵害したものではないから、未だ警職法二条二項に定める任意同行の範囲を逸脱した違法なものということはできない。そうすると、近藤および酒井の両名に対してはどの時点においても警察官らによる違法な身柄の拘束があったということはできない。

次に、警察官らによる所持品検査の適法性について検討する。総社署において、赤沢巡査長がボーリングバッグを開け、つづいてアタッシュケースをドライバーでこじあけた状況は既に判示したとおりであるが、(なお、警察官らは、近藤に対しボーリングバッグについて「開けてもいいか。」と同意を求めたところ、近藤はうなずいて同意した旨供述するが、前叙の経緯に照らしにわかに措信しがたい。)近藤および酒井の両名について、強盗事件という重大な事件について、緊急逮捕ができる場合に近い程度の濃厚な容疑が存在し、したがって猟銃等の兇器を所持する蓋然性が大きくこれによって警察官に対する危害および近藤自身の自害の危険性があること、を考慮すると、ボーリングバッグのチャックを開き、内容物をそのままの状態で外から一見したにすぎない行為については、開披によって侵害される法益(私生活上の自由ないしプライバシー)に比し開披しないことによって失われるであろう法益がきわめて大きいことが考えられることからして、本件の具体的状況においては、例外的、限定的な場合として、法秩序全体の精神に反しない、社会的にも妥当性の肯定される行為として許容されるものというべきである。しかし、さらに、つづいて赤沢巡査長がアタッシュケースの鍵の部分にドライバーを差し込み同部分を損壊してこじ開けた行為はどのように解しても職務質問に附随する行為としてはその範囲を逸脱した違法な行為といわなければならない。

そこで右所持品検査に基づき押収されたボーリングバッグ、アタッシュケース各一個および帯封一枚の証拠物の証拠能力について検討する。

ところで本件において、赤沢巡査長がボーリングバッグのチャックを開けた行為は所持品検査として許される程度のものであることは既に判示したとおりであり、しかして、右開披行為によって大量の札束を発見しているのであるから、その時点で右札束の存在と前記諸事情と相俟って、近藤を米子の強盗事件の被疑者として適法に緊急逮捕できる要件が整ったというべきであって、それ以降は、客観的にはいつでも緊急逮捕できる状況に立ち至ったものというべきである。ところで、刑事訴訟法二二〇条一項によると、被疑者を緊急逮捕する場合、逮捕の現場で必要があるときは捜索差押をすることができる旨定めている。したがって、この場合、警察官としてはその場で近藤を緊急逮捕し、そのうえで逮捕に基づく捜索差押を適法にすることができたのである。しかるに、警察官が逮捕という面にいわば慎重すぎる判断をしたため、所持品検査として許容される限度を越えた方法で、すなわち捜索という態様でアタッシュケースを開披するという事態を招来し、その結果松江相互銀行米子支店の印刷のある帯封のついた札束を発見し、ここではじめて近藤を緊急逮捕することができるものと判断して逮捕し、その逮捕の際アタッシュケースその他を差押えたというところに問題がある。

この場合、アタッシュケース開披後の緊急逮捕とはいえ、既にボーリングバッグ開披により大量の札束を発見して客観的に緊急逮捕の要件が生じているのであるから、右緊急逮捕自体は有効なものというべきである。したがって、ボーリングバッグ一個については、前記のとおり適法な所持品検査によって発見され、右有効な緊急逮捕手続において差押えられたものであるから、適法な押収物というべく、その証拠能力には何らの瑕疵もない。問題はアタッシュケース一個および帯封一枚の証拠能力である。これらも右有効なボーリングバッグの押収手続において同時に押収されているので、その押収手続は一応適法のようであるが、しかし、右ボーリングバッグの場合と異なり、アタッシュケースと帯封の場合は、前記のとおりその所持品検査が捜索的行為にわたって違法であるから、違法な手続によって発見された証拠物が差押えられた場合に該当し、先行する手続の違法が後行する手続の効力に影響を及ぼし、その証拠物の証拠能力に消長を帰すことが考えられるので、この点につき考察する必要がある。

アタッシュケースおよび帯封が違法な捜索的行為によって発見されたことは既に判示したとおりであるが、本件においては先にボーリングバッグを開披した時点で緊急逮捕できる状況にあったこともまた判示のとおりであり、したがって、この時点で警察官としては近藤を緊急逮捕し、そのうえで逮捕に基づく捜索・差押を適法にすることができたのである。しかるに、警察官がより侵害利益の大きい逮捕という面において慎重な判断をしたため、逮捕に比してより侵害利益の少ない捜索という面において違法な結果を招来したことが窺える。もとより緊急逮捕は慎重に運用されなければならない。しかしながら一般的に、状況の流動する現場において警察官が緊急逮捕の要件の有無を誤りなく判断するには微妙かつ困難なものがあり、自づから慎重になろうとする態度は首肯しうべきものであり、かかる態度がこの場合手続の順序を誤らせた事情として考慮されなければならない。そして本件の場合は、緊急逮捕すべき被疑者近藤は終始現場にあって、しかもボーリングバッグ開披から緊急逮捕に至るまでの間は連続して接着した短時間のことであるから、緊急逮捕手続に先行して時間的に接着してなされた捜索差押が適法として許される場合(最高裁判所昭和三六年六月七日大法廷判決刑集一五巻六号九一五頁参照)そのものではないにしても、客観的に緊急逮捕可能の状態が生じたもとに、被疑者が終始その現場にあって緊急逮捕の直前に接着してなされたアタッシュケースおよび帯封の捜索は実質的にみて右適法とされる捜索に近いものということができる。

してみると、以上判示したところを総合して考察すると、アタッシュケースおよび帯封について違法な捜索的行為があるとしても、その違法な程度は右二つの証拠物の証拠能力を排除しなければならないほどの重大な瑕疵があるとまではいえない。

(2) 被告人福田から押収したアップシューズ一足、一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚、金種別表二枚、猟銃銃身一本、同機関部一個、同銃床一個、同先台一個、猟銃用散弾四発、射撃用散弾一発、登山ナイフ一丁、サングラス三個、ショッピングバッグ(大)一個、海浜帽一個、アノラック二着、ショッピングバッグ(小)一個、ハンカチ一枚、ビニール製黒色旅行カバン一個の各証拠物の証拠能力について検討する。

≪証拠省略≫によると次の事実を認めることができる。

岡山県警本部は、昭和四六年七月二三日午後一時三〇分過ぎころ、県下の全警察署に向けて、鳥取県米子市で銀行強盗事件が発生したので岡山県警察規定の定めにより鳥取県との県境の配備(緊急配備計画)を実施せよとの指令を警察無線で発した。岡山県新見署署長岡田一夫、同署勤務近馬勤巡査部長等の同署警察官はそのころ右指令を傍受した。近馬巡査部長は右緊急配備計画(鳥取県で事件が発生した場合において、県本部から実施指令があったときは、自動的に岡山県阿哲郡神郷町字神代、通称新市の三差路に張り込み(検問)を実施するというもの)に基づき、他の警察官四名と共に、同日午後二時ころ、右新市の三差路で自動車検問を開始した。そのころ近馬巡査部長は、犯人はいずれも若い四人組の男で、猟銃登山ナイフを持っている。犯人の一人(A)は、身長一七〇センチメートル、他の犯人(B)は身長一六〇センチメートルで、他の二名については不明、犯人は分散して逃走中、被害額は現金約六〇〇万円余である旨の情報を入手していた。同日午後五時すぎころ、主として米子方面からの自動車を検問していたところ、同方面から鳥取ナンバーの日の丸タクシーが走行して来たので、これを停車させて、運転手(荒金信美)および後部座席の乗客(被告人福田)の両名に対して、松江相互銀行米子支店で強盗事件が発生したので協力してほしい旨告げて職務質問を開始した。近馬巡査部長はまず荒金に対して客の乗車場所と行先を尋ねると、同人は伯備線の生山駅付近で乗車させて新見駅へ行く途中である旨答え、つづいて同被告人に対して住所・氏名・行先などを尋ねた。同被告人は、氏名は山下孝、住所は岡山市駅前本通(番地も答えた。)、職業はビヤガーデンのボーイ、行先は岡山で新見の友人宅に立寄るところで、鳥取の親の家を訪ねた帰りである旨答えた。近馬巡査部長は、岡山市のことをよく知っていたので、岡山市内には「本通」という地名が存在していなかったはずであるから、「本通」と答えた同被告人の返答に不審を抱き、さらに新見の友人の氏名・親の住所・生山駅まで何に乗って来たかを尋ねたところ、同被告人が友人の氏名・親の住所についてはあいまいにしか答えることができず、また生山駅までは「電車」で来た旨答えたので、友人の氏名等についての返答があいまいなことと、岡山、新見の住民は、電車が通っていないので「電車」ということばは使わず「汽車」というのが一般であるところから、同被告人に対する疑念を強めた。近馬巡査部長は、同被告人に対する右職務質問中、同被告人が所持している黒カバンを認め、それを見ると、その表面の一部が筋になって突起物があるようなふくらみ方をしていたので、このことと、前記同被告人の返答振り、および同被告人が手配の人相に似ていることと相俟って、米子の強盗事件と関連があるのではないかとの感を抱き、同被告人に対して、そのカバンの内容物を呈示するよう求めたが、同被告人は下着が入っているので見せられないといって拒否した。近馬巡査部長は、職務質問を他の警察官にまかせ、同被告人の申立てた住所および氏名などを確認するため、そこから約二〇〇メートル離れた神代駐在所に赴き、新見署署長岡田一夫に被告人福田の検問状況を報告したうえ、同署を通じて県警本部に照会方を求めた。それに対し「パトカーを応援に行かせるので、そのパトカーの無線で回答を伝える。同被告人に対しては右駐在所に同行を求めよ。」という岡田署長の指示があったので、ただちに近馬巡査部長は同被告人のところに戻り、再び同被告人に対し前記と同様の職務質問を続けた。そのうち間もなく応援のパトカーが到着し、パトカーに乗って来た警察官から「照会にかかる住所・氏名は岡山市内に存在しない」との連絡があった旨の報告を受け、同被告人の申立てた住所・氏名は虚偽であることが判明した。そこで近馬巡査部長は同被告人が米子の強盗事件と関係があるのではないかとの疑念を益々深め、同被告人に対し、「君の申立てた住所・氏名は虚偽であることが判明したので、君には米子の強盗事件の容疑がかかっている。疑念を晴らすためカバンを開示してほしい」旨求めたが、同被告人はこれを拒否した。近馬巡査部長は再びカバンの開示を求めたが、同被告人がこれを拒否するといった押問答が何回となくくり返えされた。しかし近馬巡査部長は一層深まった疑念を晴らすため、さらに質問を続行する必要があると考えたが、右三差路は鳥取、広島、岡山の各方面へ通ずる交通の要所で通行量が多く、検問のため交通整理員を要する状況であったうえ、酔っぱらいなどの野次馬が次第に寄って来て二、三〇人ほどになったので、同所で質問を続行することは相当でないと判断し、同被告人に対し、前記駐在所まで同行を求めたが、同被告人はこれを拒否した。近馬巡査部長はパトカーの無線で同被告人に駐在所への同行を拒否された旨岡田署長に報告したところ、同署長から、「それでは、被告人福田が新見へ行きたいというのであれば、新見署まで同行を求めよ。報告から判断すると同被告人は猟銃あるいは登山ナイフなどの兇器を所持しているおそれが強いから、運転手に対する危害行為あるいは被告人福田の自傷行為を防止するため警察官を同乗させよ。」との指示があったので、同被告人および荒金運転手の両名に対し、新見署までの同行を求め、運転手は状況を判断した結果これに協力することとなったが、同被告人は、新見署には行く必要はないから新見駅まで行ってくれと運転手に指示して同行を拒否した。しかし近馬巡査部長は新見署へ向かわせる意図の下に、前記岡田署長の指示があったし、自らも同被告人が兇器を所持している可能性がきわめて強いと判断し、さらに運転手も警察官の同乗を希望したので、危害防止のため、三名の警察官を、一人は助手席に、他の二人は同被告人の両側に乗車させ、右タクシーを新見署に向かわせ、自らはパトカーを運転して右タクシーを追尾した。近馬巡査部長が同被告人に職務質問を開始してから新見署へ出発するまでの間は約二、三〇分間を要した。

同日午後六時すぎころ、同被告人らは新見署に到着した。そして、同乗した警察官はただちに下車して同被告人に下車を求め、さらに、間もなく到着した近馬巡査部長も右警察官らと共に同被告人に下車を求めたが、同被告人はこれを拒否した。そこで近馬巡査部長は、同被告人に対し「猟銃による強盗事件が発生しているし、君の申立てた住所・氏名は虚偽であることが判明した。やましい点がないなら本当の住所・氏名をいってほしいし、カバンの中味を見せて疑念を解いてほしい。野次馬もいないから降りて事情を聞きたい。」と、説得したが、同被告人は黙否して降りようとしないので、再三右同様四、五分間位説得を続けた後、同被告人は、四、五人の警察官がかかえるようにして下車を促すと自ら下車し、近馬巡査部長に先導されて、数人の警察官に囲まれるようにしてカバンをさげて同署の取調室に入った。

同室において、近馬巡査部長は同被告人をイスにすわらせて、職務質問を続行し、住所・氏名を質問し、カバンの開示を求めたが、同被告人はこれに対して当初は積極的に拒否していたものの、次第に黙否して答えなくなった。近馬巡査部長や職務質問に立会った安東幹男巡査部長あるいはときどき取調室に様子を見に来ていた岡田署長もカバンを開示して疑念を晴らすよう説得を続けたが、同被告人はこれに応じようとしなかった。そこで近馬巡査部長は再三説得をしてみたが同被告人がこれに応じる気配をまったく示さないので、まず机の上に置かれていた前記カバンの表面に触れてみると、前記突起物様のものは猟銃の銃床の様に感じ、いよいよ同被告人を米子の強盗事件と深い関係があるのではないかとの疑念を強めた。そして、同日午後八時二〇分ころに至り、近馬巡査部長は、同被告人に対し、「開けてもいいか。」とカバンを開けることに同意を求めたが、同被告人が何もいわずそっぽを向いたので、近馬巡査部長は、同席していた岡田署長の同意を得て、前記カバンのチャックを開けたところ、猟銃の銃身が見えた。近馬巡査部長は同被告人に対し、「これは誰のものか。」と尋ねたが、同被告人は「黙否する。」と答えたので、さらに許可証の有無を確かめるため、「許可証を持っているか。」と尋ねたが同被告人は依然「黙否する。」と答えたため、前記カバンのポケットを調べ許可証のないことを確認した後、同日午後八時二〇分、同被告人を銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯で逮捕し、その場で猟銃一丁(ただし、銃身、機関部、銃床、銃先台に分解されたもの)、猟銃用散弾三発、射撃用散弾、猟銃用散弾および登山ナイフ一丁を差押えた。その後、同月二五日、差押許可状に基づき金種別表二枚が差押えられ、同月二七日差押許可状に基づきアップシューズ一足、同年八月一日、捜索差押許可状に基き一万円札二枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚が差押えられ、同年八月四日、捜索差押許可状に基づきサングラス、ショッピングバッグ(大)一個、海浜帽一個、アノラック二着、ショッピングバッグ(小)一個、ハンカチ一枚、ビニール製旅行カバン一個が差押えられた。

この場合においても、近馬巡査部長らの警察官が新市三差路で緊急配備につき、検問を開始したことは、第一の(1)で判示したと同程度の情報に接していたのであるし、さらに、事件発生直後に交通の要所において検問を開始しているのであるから(誤認逮捕等の違法手続の防止あるいは事件の迅速な解決という見地から、初動捜査が迅速に行われることがどれほど重要かはいうまでもないところである。)、警察官の職責上、当然許されるものというべく、米子方面から被告人福田の乗車していた鳥取ナンバーのタクシーを停車させて、被告人福田に職務質問を開始したことは何ら違法というものではない。

そして、近馬巡査部長が被告人福田を新見署へ同行した行為およびその態様は許される程度のものといえる。すなわち、右判示したところによれば、被告人福田は米子の強盗事件の犯人である疑いはきわめて濃厚となっていたのであるから、近馬巡査部長がひきつづき職務質問をする必要があると考え、しかも同所では交通の妨害になる状況にあったから、近くの駐在所への任意同行を求めた。しかし被告人福田からこれを拒否されたので、近馬巡査部長は新見署が被告人福田の目的地と同一地であるところから、新見署への同行を求め、被告人福田はこれをも拒否したが、運転手はこれに協力する態度を示した。そこで被告人福田が米子の強盗事件の犯人である疑いが濃厚であり、したがってまた猟銃あるいは登山ナイフを所持している蓋然性が強く、運転手に対する危害および被告人福田の自傷行為も懸念され、それの防止と運転手の求めもあったため、警察官三人を右タクシーに同乗させたうえ、右タクシーを新見署に向かわせたというのである。これらの事情を第一の(1)で判示したところに照らして判断するならば、事件が重大で、しかもその容疑が濃厚であり、運転手に対する危害および被告人福田自身への自傷行為の危険性も懸念され、かつ民間人の運転手が任意に新見署までの同行に協力しているという事情が認められるのであるから、未だ違法な身柄の拘束があったということはできない。また新見署に到着した際、警察官らが被告人福田に下車を求めたうえ、署内に任意同行を求めた行為・態様は判示したとおりであって、これも違法な任意同行ということができない。

次に近馬巡査部長の被告人福田のビニールカバンを開披した行為がいわゆる所持品検査として適法か否かについて検討するに、近馬巡査部長がビニールカバンを開披するまでの状況は判示したとおりであるから(なお、近馬巡査部長は、カバンを開披する際、被告人福田に「開けてもいいか。」と同意を求めたところ、同被告人はうなずいて同意した旨供述するが、判示の経緯に照らして、にわかに措信しがたい。)、この場合においても第二の(一)の(1)に判示したと同様の事情が認められるので、その開披の態度がカバンのチャックを開ける程度の所持品検査であることに鑑みて、例外的・限定的に許されるものということができる。

したがって、被告人福田から押収された各証拠物の証拠能力については、まず弁護人主張の猟銃銃身一本、同機関部一個、同銃床一個、同先台一個、猟銃用散弾四発、射撃用散弾一発および登山ナイフ一丁はいずれも適法な所持品検査の結果に基づき、警察官が適法に銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯として被告人福田を逮捕し、その際逮捕に基づく捜索差押(刑訴法二二〇条一項前段)として押収したものであるから、その手続に瑕疵はなく、その余の証拠物についてはいずれも適法な逮捕あるいは勾留期間中に押収されたものであるから、その手続に何ら瑕疵はなく、したがって、右各証拠物について証拠能力の欠けるところはないといわなければならない。

(3) 被告人松浦から押収した登山ナイフ一丁、室内灯キャップ一個、国鉄普通乗車券一枚の各証拠物の証拠能力について検討する。

≪証拠省略≫によると次の事実を認めることができる。

鳥取県黒坂警察署勤務の警部補生田和之(刑事係長)、同中村純一(交通係長)の両名は、昭和四六年七月二三日午後一時四五分ころ、米子市の松江相互銀行米子支店で強盗事件が発生し、犯人は現金六〇〇万円余を強奪して逃走中であることを無線で知り、同日午後二時半すぎころには、さらに犯人はいずれも二四、五才前後の若い男の四人組で猟銃および登山ナイフを使用した犯行であること、犯人の人相・特徴はAはサングラスをかけて手に包帯をしている。Bはサングラスをかけて黒ズボンを着用、Cは黒ズボン着用、Dは赤と黒のボストンバッグを携帯していることなどを知った。生田および中村両警部補は、同日午後二時四五分ころ、米子署から、犯人らしい四人組の男が伯耆大山駅(伯備線)午後一時五五分発岡山行普通列車(四両編成)に乗車したという情報を入手したので、右列車内の検問をしてほしい旨の緊急配備指令があったので、黒坂署署長の指示により、他の警察官四名と共に黒坂駅発午後二時五三分発(午後三時一〇分ころ延着)の右列車に乗車し、同駅からは、先に乗車していた他署警察官三名とを加え合計九名が二班に分れ、生田警部補の班(五名)が前の車両から、中村警部補の班(四名)は後の車両からそれぞれ検問を開始した。中村警部補らは車両入口でまず乗客に対して「米子で猟銃を使った銀行強盗事件が発生したので、乗車駅、行先、用件等を尋ね、所持品については開示を求めるから協力してほしい。そして所持品は所有者がひざの上に置いておいて下さい。」と協力を求めたところ、ほとんどの乗客はこれに協力した。中村警部補が検問を開始して間もなく(乗車して約一〇分後、上菅駅に到着寸前)、同列車車掌から伯耆大山駅から乗車した若い男(被告人松浦)が二両目にいる旨知らされて同被告人の座席まで高橋巡査と共に案内された。そこで中村警部補は同被告人に乗車券の呈示を求め、住民・氏名・年令等について尋ねたが同被告人は乗車券(伯耆大山駅発津山駅行のもの)を呈示したが住所・氏名等については答えなかった。被告人松浦の側に同席中の乗客二人はそれぞれ自己の所持品をひざの上に置いて検問に協力する態度を示していたが、被告人松浦は車外を向いており、反対側の網棚にやや大き目の紙袋が置かれていたので、中村警部補は、同被告人に「あなたのものですか。」と尋ねたら、同被告人がうなずき、つづいて「見せて下さい。」と言ったところ、同被告人はこれに対してもうなずいた。中村警部補は右承諾に基づき右紙袋を棚から降ろして両手で押えてみたところ固いものが二個存在するような感じがし、さらに入念に押えてみると一つはナイフ様のものである感触を得、さらに右紙袋をゆさぶってみると、黒い登山ナイフ用ケース一本が浮き上がるようにして出てきた。中村警部補は「このケースはあなたものですか。」と尋ねたら、同被告人はこれに対してうなずいたが、同警部補の中味の所在についての質問に対して返答しなかった。そうしているうちに、中村警部補は、生田警部補が同車両の入口付近にやってきたので、同警部補のところまで出向きこういう物を持っている者がいるといって、右ケースを見せた。中村警部補は同被告人に対し職務質問を継続する必要があると考え、同所で質問をすることは同席者がいて本人の利益のために相当でないと判断し、生田警部補に職務質問の状況を説明して相談のうえ同じ車両の進行方向の左側最前列の空席に移動するよう促したところ、同被告人は立ち上って移動した。そこで中村警部補から引きついだ生田警部補は、同被告人に対し、乗車券の呈示を求め、住所・氏名・本籍・生年月日を尋ねたところ、同被告人は乗車券を呈示し(伯耆大山駅から津山駅行のもの)、三木修という者で住所は岡山市内山下二丁目番地不詳、寿荘、本籍津山市中通り三丁目二の三番地、昭和二三年一〇月二三日生、公務員と答えた。生田警部補は勤務先および仕事の内容を尋ねたが、同被告人は答えなかった。つづいて生田警部補は網棚に置かれていた前記紙袋について、同被告人に対し「あんたのものか。」と尋ねたところ、同被告人がうなずき、さらに「見せて下さい。」というとうなずいたので網棚から右紙袋を降ろし被告人松浦の前でひっくり返えしてみると、ケース付登山用ナイフ一丁、前記ケースとは別の登山用ケース一本(したがって合計二本)、自動車室内灯キャップ一個等が出てきた。生田警部補は中味のない登山用ケースが二本も出てきたことで不審に思い、同被告人に対し、どこからの帰りかを尋ねたところ、鳥取に友人がいるので鳥取砂丘に行ってきたと答えたが、友人の住所・氏名については答えず、乗車券が伯耆大山発となっていることから、不審感を強めた。生田警部補は、同被告人をよく見ると、一見サラリーマン風であるが、ワイシャツの襟が非常に汚れていたので、前記事情と併せ考えると、米子の強盗事件の犯人ではないかとの疑念を抱いた。そこで生田警部補は、同被告人に対し登山ナイフと登山用ケースの所持目的を尋ねたところ、答えなかったので、「君の持っているナイフは正当な理由がなければ、所持できないのに、君はその理由を言ってくれないので、もっと尋ねたいから、降りてくれないか。」と同被告人に対し下車を求めたところ、同被告人は立ち上がって、生田警部補につづいて、午後四時過ぎころ上石見駅で下車し、同駅から二〇〇ないし三〇〇メートル先の上石見駐在所に行った。同所において生田警部補は県警を通じて本籍・住所を照会したところ、本籍については津山市中通りということだが、津山市内には「中通り」という地名はないこと、住所については岡山市内山下二丁目は存在するが同住所には「寿アパート」は実在しないことが判明したので、同被告人にこのことを告げて本籍・住所・氏名、登山ナイフの所持目的等について尋ねたが、同被告人は黙否して一切答えなかった。そこで生田警部補はさらに質問する必要があると考えたが、同被告人を質問中、通行人等が同駐在所をのぞき込むので、同所で質問を続行することは相当でないと判断し、同被告人に対し黒坂警察署への任意同行を求めたところ、同被告人は黙って生田警部補と共に自動車に乗り、同所を出発して、黒坂警察署に午後五時五六分ころ到着した。同所において生田警部補はナイフの所持目的等について尋ねたが、同被告人は黙否して答えなかった。そこで、生田警部補は、同日午後八時〇分、同被告人が米子の強盗事件の犯人でないかとの強い疑念をもったが慎重を期し、登山用ナイフ(刃体の長さ約一〇・五センチメートル)の携帯につき正当な理由がないものと判断し、その旨告げて、同被告人を銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯で逮捕し、その場において右ケース付登山用ナイフ一本を差押えた。その後、同年七月二五日、差押許可状に基づき自動車室内灯キャップが差押えられ、また同日、同被告人が強盗被疑事件で通常逮捕されるにあたり、その現場で登山ナイフ用ケース二本が差押えられ、さらに捜索差押状に基づき国鉄乗車券一枚が差押えられた。

まず、警察官らの被告人松浦に対する紙袋についての所持品検査の適法性について考察する。

右所持品検査は、警察官の求めに応じて被告人松浦が同意したことに基づいてなされたものであるから、何ら違法がない。すなわち、警察官が乗客および被告人松浦に対して所持品検査をすることにつき協力および同意を求めた状況は判示のとおりであるから、右状況から判断するならば、その間被告人松浦らが警察官による所持品検査の求めを拒絶することができないような強制的要素があったと認むべき客観的事情は認められず、被告人松浦の場合自発的に進んで所持品検査の求めに応じたものではないにしても、ことここに至っては最早逃げ切れないと観念して所持品検査に同意した事情が窺えるのであって、なお任意の同意に基づくものということができる。ただ、その際生田警部補は、単に紙袋の内部を一見するだけにとどまらず、ひっくり返えして中味を全部外へ出すという方法で捜索的な行為に及んでいる点が問題であるが、しかし任意な同意に基づく所持品検査の場合には、実質的な捜索にあたるような所持品検査も場合によって許されるというべきである。けだし、憲法三五条および刑事訴訟法の諸規定によって定められる捜索についての令状主義による保護利益は被捜索者において放棄の許されない性質のものではないからである(前記最高裁判決参照)。もとより被捜索者の任意の同意がある場合でも、捜索は原則として令状によってなされる運用が望ましいことはいうまでもないけれども、本件の場合においては、場所的、時間的に予め令状の発付を求めることの困難な状況にあったことが明らかであるから、被告人松浦の同意のもとに、内部を一見する範囲を越え、中味を外に出す方法で所持品検査をしたことはなお許される措置というべきである。

次に被告人松浦に対する任意同行の適法性について判断する。警察官らが被告人松浦に座席の移動を求めたのは、同被告人に対しナイフの所持目的等について職務質問を継続する必要があったが、従前の座席には同席者二人がいて、同被告人の不利益になると判断したためであって、この求めに応じて同被告人が任意に移動したものであるから何ら違法とはいえない。また、列車を下車して上石見駐在所まで同行を求め、さらに同駐在所から黒坂署まで同行を求めた各警察官の行為はいずれも警職法二条二項に定める任意同行の範囲内にある適法なものということができる。すなわち、各任意同行を警察官が被告人松浦に求めた状況は判示のとおりであって、同被告人が米子の強盗事件の犯人であることの疑いが濃厚となっていたので、さらに職務質問をする必要があるため、同駐在所まで同行を求めたのであるが、同駐在所における質問中、通行人が中をのぞいて行くということがあって、同被告人の不利益となるので警察官は黒坂署への同行を求めたというのであり、そして右求めに対して同被告人が任意に応じたというのであるから、何ら違法な点はない。

そうすると、被告人松浦から押収した証拠物の証拠能力については、登山ナイフ一丁は、右適法な所持品検査に基づいて発見され、その後右ナイフを不法に所持することを理由として、適法に銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯として逮捕された際、逮捕に基づく差押として被告人松浦から押収されたものであるから、その手続に何ら違法がなく、したがって右ナイフの証拠能力に欠けるところはない。また、室内灯キャップ一個および国鉄普通乗車券一枚はそれぞれ適法な逮捕中あるいは勾留中に差押許可状あるいは捜索差押許可状に基づき押収されたものであるから、いずれもその証拠能力に欠けるところがない。

(二)  弁護人の主張(二)について

公判記録(とくに第一五回および第二三回各公判調書)によると小山貞彦作成の差押調書および捜索差押調書ならびに小原恒敏作成の捜索差押調書が採用された経緯は次のとおりである。

裁判長は、第一五回公判が開廷される際、傍聴人に対し、その数名の者が被告人松浦、同福田および分離前の相被告人近藤有司が入廷するとき拍手して被告人等を迎えたので、これを禁じ、以後法廷の秩序を乱すようなことがあれば退廷を命じることがある旨注意をしたうえで、証人小山貞彦の尋問を開始した。同証人の検察官および弁護人の各尋問が終了し、ついで裁判長は証人小原恒敏の尋問に入ろうとした際、被告人等の私語を注意したところ傍聴人の一人が「何言ってるんだ。」「何やってるか。」等と怒号したので、同人に退廷を命じ、警備員がこれを執行中、被告人松浦が裁判官席に向かって「ばかやろう。」と暴言を発した。そこで裁判長は同被告人に対し退廷を命じ、警備員がこれを執行した。弁護人佐々木斉は、裁判長の右被告人松浦に対する退廷命令の撤回を求めたが、裁判長はこれを認めなかったので、弁護人はつづいて裁判長の右退廷命令に対して異議を申立て、裁判長は検察官の意見を聞いたうえ、これを却下し、検察官に対し、証人小原恒敏の尋問を促した。裁判長は検察官の右証人に対する尋問が終了したので、右弁護人に反対尋問を促したところ、右弁護人が「被告人の在廷しないところでは反対尋問ができない。反対尋問の権利を保留する。」旨答えて、反対尋問に移らなかった。そこで裁判長は、右弁護人に対し「今はやらないということですか。」と釈明を求めたが、同弁護人は「権利を保留します。」と答えるだけで反対尋問をしないので、同証人に対する尋問を終了した。検察官は右証人二名の尋問が終了したとして、小山貞彦作成の差押調書および捜索差押調書ならびに小原恒敏作成の捜索差押調書を刑事訴訟法三二三条一号に該当する書面として証拠調請求をしたので、裁判長は弁護人の意見を求めたが、弁護人は意見を保留する(いえない)と答えたので、裁判所は右各証拠書類を採用した。これに対し、弁護人から異議の申立てがあったので、裁判長は検察官の意見を聞いたうえ、反対尋問の機会を与えているから異議は理由がないとして棄却した。

その後裁判所の構成が変わり、公判手続を更新するにあたり、右証拠書類を含む公判前の全証拠書類および証拠物を取り調べるにあたり、辞任した前記佐々木弁護人のあとを受けて被告人両名の主任弁護人となった浦弁護人の意見を求めた際、異議がない旨申立てたので、裁判所は右全証拠を取り調べた。

そこで、弁護人の主張について判断する。

まず、小山貞彦作成の差押調書および捜索差押調書の証拠能力につき判断するならば、同人に対する証人尋問は弁護人の反対尋問がなされ、また、検察官から右証拠書類を刑事訴訟法三二三条一号の書面として取調べの請求がなされて、裁判所はこれを同条同号に該当するものと判断して採用したものであるから、たとい右書証についての検察官の取調請求につき、弁護人が同意しなかったとしても、右書証は証拠能力の点につき何ら瑕疵はないといわなければならない。

次に小原恒敏作成の捜索差押調書の証拠能力について判断する。

刑事訴訟法一五七条一項は「……被告人又は弁護人は、証人の尋問に立ち会うことができる。」と規定するところ、当裁判所としては「被告人および弁護人」の双方が立ち会うことができると解すべきであると考えるものであるが、同法二八八条により、裁判長が、法廷の秩序を維持するため相当な処分として被告人を退廷させた場合には同法一五七条一項の適用がなく、したがって被告人が在廷しないまま証人尋問を行なうことができると解する。本件において、裁判長が被告人松浦を退廷させた処分は、前記の経緯に照らすならば、相当というべきである。また、右証人尋問に際しては、弁護人は在廷しているうえ、裁判長から再三反対尋問をするよう促されるなどして反対尋問の機会を十分与えられているにもかかわらずこれをしなかったものであるから、反対尋問の権利を放棄したものというべきである。したがって、かかる証人尋問経緯の上で採用された小原恒敏作成の捜索差押調書の証拠能力には欠けるところがない。仮りに証拠能力に瑕疵があったとしても、右に判示したように、更新手続において、弁護人は右各証拠書類の取調べについて何ら異議がない旨申立てているのであるから、その瑕疵は治癒されたものというべきである。

よって、弁護人の主張は理由がない。

(三)  弁護人の主張(三)について

(1) 形式的無効の主張について

「罰則」は、弁護人主張のとおり、明治一七年太政官布告第三二号をもって制定されたものであって、旧憲法下においても法律制定の手続を経て成立したものではないことは所論のとおりであるが、「罰則」は、その後明治二二年に旧憲法が制定されたとき、その七六条一項により「憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令」であって「遵由ノ効力ヲ有ス」るものと認められ、現行刑法(明治四〇年法律第四五号)が明治四一年一〇月一日から施行されるに当り、同法施行法(明治四一年法律第二九号)二二条二項において「爆発物取締罰則第一〇条ハ之ヲ廃止ス」と規定されたのみで同罰則のその他の条項についてはこれを廃止もしくはその効力を否認するための何らの立法措置も講ぜられずかえって右明治四一年法律第二九号およびその後の大正七年法律第三四号により改正手続が行われ、「罰則」を旧憲法の施行と共に旧憲法上の法律と同様の効力を有するものとして取扱われ、ここに明治四一年に至って形式上においても旧憲法上の法律と同一の効力を有することとなり、しかしてその後現行憲法施行後の今日に至るまで、「罰則」が他の法令により廃止されもしくはその効力を否認するため何らかの措置が講ぜられていないのであるから、「罰則」は現行憲法施行後の今日においても、なお法律としての効力を保有しているものといわなければならない(最高裁判所昭和三四月七月三日判決刑集一三巻七号一〇七五頁参照)。

(2) 実質的無効の主張について

まず、「罰則」の構成要件である「治安ヲ妨ケ」又は「人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的」の概念がきわめて不明確であり、かつ、刑が重い旨の主張につき判断するに、「罰則」にいう「治安ヲ妨ケ」るとは、公共の安全と秩序を害することをいい、「人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的」とは他人(犯人以外の者)の生命身体を傷害し、又は他人(犯人以外の者)の財産を不法に損壊する目的をいうものと解されるから、不明確であるとはいえない。また爆発物の有する大きな破壊力に鑑みれば、「罰則」の対象とする行為は、公共の安全と秩序を害し、人の生命、身体、財産に危害を及ぼす可能性がきわめて広く、かつ大きいものであり、したがって、「罰則」がかかる行為について各条項所定のごとき刑を定めることもあながち理由のないことではない。

そうすると、弁護人主張のごとく「罰則」は憲法の保障する自由と人権を不当に制限する違憲・無効のものであるとは認められない。

次に「罰則」六条、八条、九条が違憲である旨の主張については、本件は爆発物所持(三条)の事案であるから、本件具体的事案に法令を適用するかぎりにおいて、弁護人主張の右各規定の当否について判断する必要はないといわなければならない。

(四)  弁護人の主張(四)について

弁護人は被告人両名の本件各犯行が社会変革のための正当な行為である旨主張するが、本件全証拠によるも、被告人両名の行為が正当であって違法性を阻却すると認むべき証拠はない。よってこの点の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人両名の、判示第一の(一)の各所為は、刑法二三六条一項、六〇条に、判示第一の(二)の1の各所為は包括して爆発物取締罰則三条、刑法六〇条に、同2の各所為は、銃砲刀剣類所持等取締法三条一項、三一条の二第一号、刑法六〇条に、同3の各所為は火薬類取締法二一条、五九条二号、刑法六〇条に、被告人福田の、判示第二の(一)の各所為のうち猟銃所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三条一項、三一条の二第一号、登山ナイフ所持の点は同法二二条、三二条二号に、同(二)の所為は爆発物取締罰則三条に、被告人松浦の判示第三の所為は、刑法二三六条一項、六〇条に各該当するところ、被告人福田の判示第二の(一)の各所為は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により重い猟銃所持の罪の刑で処断することとし、被告人両名の判示第一の(二)2および同3ならびに被告人福田の判示第二の(一)の各罪についてはいずれもその所定刑中懲役刑を選択し、以上は被告人両名いずれについても同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条に従い、いずれも犯情の最も重い判示第一の(一)の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした各刑期の範囲内で後記情状を考慮して被告人松浦を懲役六月に、同福田を懲役五年に各処し、同法二一条(さらに同福田については少年法五三条、同松浦については刑事訴訟法一六七条六項)を適用して、未決勾留日数中被告人松浦に対しては、九九〇日を、同福田に対しては、一、四四〇日を右各刑にそれぞれ算入し、押収してある登山ナイフ一丁は判示第一の(一)の犯罪行為に供した物であり、三号桐ダイナマイト三本、黒色猟用火薬約四三六グラムおよび第二種緩燃導火線二本はいずれも判示第一の(二)1の犯罪行為を組成した物であり、鉄パイプ爆弾一個は判示第二の(二)の犯罪行為を組成した物で、いずれも犯人以外の者に属さないものであるから刑法一九条一項二号、一号、二項本文により鉄パイプ爆弾一個は被告人福田から、その余の物については被告人両名から各没収し、一万円札一枚、千円札三枚、五百円札四枚、百円札三五枚は判示第一の(一)の犯行により強取された現金の一部であり、金種別表二枚および帯封一枚はその際に現金とともに強取されたものであって、いずれも被害者株式会社松江相互銀行米子支店支店長に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法三四七条によりこれを被害者に還付し、訴訟費用については、鑑定人渡辺元に支給した分はもっぱら被告人松浦のために支出したものであるから刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して被告人松浦の負担とし、被告人福田については同法一八一条一項但書を適用して訴訟費用を負担させないこととする。

(量刑の事情)

被告人両名はいわゆる赤軍派に所属し、その組織の武装斗争資金強奪の方針にもとづき本件各犯行に及んだものであり、被告人両名らの判示第一の(一)のいわゆる松江相互銀行米子支店強盗事件は、犯行の役割を事前に分担するなど計画的な犯行で、猟銃、登山ナイフといった兇器を用いて、白昼堂々と集団で敢行されたものであり、危険かつ大胆というべきで、金融関係者および世間一般の者に与えた影響は大きい。被告人松浦らの判示第三の辰己台郵便局事件についても右と同様のことがいえる。

被告人松浦は、判示第一の(一)および判示第三の各強盗事件においては、いずれもエンジンを始動させた自動車で待機して、金員を強奪した仲間を乗車させて、仲間と共に犯行現場からいち早く逃走する役割を演じ、被告人福田においても、判示第一の(一)の犯行において、自ら登山ナイフを用いて現金を強奪する犯行に及んでいる。

また、被告人両名の判示第一の(二)の各犯行および被告人福田の判示第二の各犯行は、瞬時のうちに、不特定、多数の生命身体あるいは財産に対して大きな危害を加えるおそれのある爆発物その他の所持であり、きわめて危険なものである。したがって、被告人両名の刑責は重いといわなければならない。

しかしながら、被告人両名は赤軍という組織では最末端の地位にあったにすぎなかったことが窺われ、ために判示第一の(一)あるいは判示第三の犯行においては首謀者の酒井隆樹あるいは大西一夫に指揮されるがままに犯行に加担したにすぎないと思われる面もあり、また判示第一の(二)の各犯行においても、酒井隆樹ら赤軍派上司の指示を忠実に遂行した結果にもとづく犯行とみられる。

また、被告人福田の判示第二の各犯行は、判示第一の(一)の犯行の逃走の過程において発生したものであるが、被告人福田が右犯行の共犯者中最年少者(一七歳)であるところから、逃走するにあたり荷物を分担する際、強奪にかかる金員は酒井、近藤において所持し、鉄パイプ爆弾等の危険物は被告人福田に割りあてられた結果によるものであって、その所持については被告人福田のみを責めることはできない。そして判示第一の(一)の犯行により強奪した六〇〇万円余の現金はほとんど全額、被害者の銀行に還付され、実害の発生はほとんどない。

さらに被告人両名につき各別に情状を検討するならば、被告人松浦は、本件犯行により昭和四六年七月二六日から約二年一〇ヶ月の長期間にわたる未決勾留中、拘禁性ノイローゼになり、保釈後、病院における治療を受けた結果、軽快し、現在自宅付近の小さな鉄工所で肉体労働に従事するかたわら、療養を続けているのであるが、その間、連合赤軍によるいわゆるクアラルンプル事件の人質釈放の条件として、被告人松浦を含む刑事被告人あるいは既決囚となっている数名の者を国外に脱出させる対象者として挙げられ、国外脱出の機会を与えられたものの、被告人松浦は、自らの意思でこれを強く拒否して国内に止まり、本件公判に臨み、結審を迎えたものである。被告人松浦自身、本件一連の犯行により、かなりの長期間服役しなければならないであろうことは容易に予測できたであろうから、右国外逃亡の機会は、他の者が安々とこれに応じて国外に逃亡したことから窺われるように、被告人松浦にとってもかなり誘惑的であったにちがいない。しかし、被告人松浦は自ら犯した罪の責任を負う決意の下に、これを振り切り、今後は過去の赤軍派運動からはっきり決別し、一介の労働者として鉄工所で働く平凡な一社会人であろうとしている。

また、被告人福田が本件犯行に至るまでの経緯をみてみるに、同被告人が高校一年生(一五歳)ころ、いわゆるべ平連主催のデモ行進に参加したことから、地元の警察官が同被告人から事情聴取するべく自宅まで訪れるということがあったため、多感で傷つきやすい年ごろの同被告人は、警察官の訪問に大きな不安を感じ、その日から家を出てしまい、以後再び家に帰ることなく結局赤軍に加入することとなったものである。

そして、被告人福田は本件犯行当時一七歳の少年であったが、昭和四六年七月二六日から四年有余の長い期間未決勾留で身柄を拘束されることになったが、勾留期間中共犯者の近藤および松浦が次々に病気にかかり、保釈されていく中で、拘束に耐え、人間の成長にとって一番大切な時期である少年から成年への時期を、自分一人の力で勉学思索を重ね、自己の犯した犯罪とそれに至る過程への反省をよく遂げ、今では赤軍派運動への批判と合法的な社会活動への志向をなしうるようになっている。そして保釈後は実父の経営する幼稚園の手伝いの後近くの小さな印刷所で真面目に働いている現状にある。

してみると、被告人両名は、いずれも健全に社会に復帰できる状態になっているといえる。

結局、被告人両名の犯した本件の各犯行の刑事責任はその犯行の内容・態様・罪数・犯行における役割等に照らして重いものであるが、前述のとおりの有利な事情が被告人両名に認められるので、主文掲記の量刑とし、かつ長期の未決勾留が被告人両名に与えた効果と被告人両名の早い社会復帰を考慮に入れて、未決勾留日数をそれぞれ主文掲記のとおり本刑に算入することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡瀬勲 裁判官 菅納一郎 江藤正也)

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